【筑紫野市】筑紫野インター近く。薩筑長一和に奔走した福岡藩士を偲ぶ「月形洗蔵幽閉の地」碑
九州自動車道・筑紫野インターの近くにある石碑。これは福岡藩士であり筑前勤王党の志士・月形洗蔵が幽閉されていた地として遺されています。
月形洗蔵は、藩主・黒田長溥に尊皇論の立場から述べた建白書を提出したため捕縛され、この地に約4年間幽閉されていました。五卿(三条実美他)を福岡藩に移すため、幽閉中の月形洗蔵は罪を許され、太宰府天満宮の延寿王院に五卿を迎える働きをしました。五卿が滞在中、西郷隆盛、高杉晋作、坂本龍馬などの勤王派の志士が維新の相談をしたとのこと。薩長同盟の基礎となる建白書も月形洗蔵が作り、その後、坂本龍馬が実行に移したと言われています。
1865年、福岡藩は筑前勤王党の月形洗蔵を含む藩士を処罰し、筑前勤王党は壊滅しました。明治になり、月形洗蔵は贈正四位とされ名誉を回復。
高速道路のすぐそばですが、田畑に囲まれた静かな場所です。西郷隆盛をして「筑前においては無双というべし」と言わしめた月形洗蔵が、ここで何を思って過ごしていたのか、幕末の時代に思いを馳せてみるのもいいのではないでしょうか。
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