【筑紫野市】二日市北にひっそりと、でも大切に保存されている高橋紹運の首塚
戦国時代末期の武将・高橋紹運をご存知でしょうか。福岡県柳川市が大河ドラマ誘致運動を行っている立花宗茂の実父で、大友家のために全てを捧げた苛烈な生き様が今も語り継がれています。
その高橋紹運の首塚が二日市北にあります。
この塚は、天正十四年(1586)大友氏と島津氏との合戦で、岩屋城(四王寺山中腹)にて全員玉砕という壮絶な戦闘を行い自刀した。城主高橋紹運の首をとり実検しこの地に埋めたと筑前国続風土記に記されています。
また紹運は辞世を次のように残しています。
流れての末の世遠く埋れぬ 名をや岩屋の苔の下水(紹運記)
筑紫野市教育委員会の説明板より
![岩屋城址の石碑](https://chikushino-dazaifu-asakura.goguynet.jp/wp-content/uploads/sites/208/2025/02/takahashijoun-06.jpg)
(大宰府市議会議員 陶山良尚氏より提供)
太宰府市観世音寺にある岩屋城址には石碑が建てられて、近くに高橋紹運の墓所もありますので合わせて巡ることができますよ。
首塚は、西鉄二日市駅前の道を君畑交差点へ進むと、シャトレーゼの手前左の急な坂道を登った先にあります。
目立たない場所にありますが、きちんと手入れされ、大切にされていることが分かります。ありがたいことですね。戦国時代や武将にご興味がある方はぜひ訪ねてみてください。
※陶山良尚議員、情報提供ありがとうございました。