【太宰府市】激戦の地、岩屋城。壮絶な死を遂げた高橋紹運と家臣を悼む石碑が胸に来る。

福岡県

高橋紹運の石碑

四王寺山の中腹に戦国期に築かれた山城「岩屋城」があります。現在は本丸跡に石碑が建てられ、展望所にもなっています。

岩屋城跡の入口

太宰府天満宮の横から四王寺林道を進むと岩屋城跡(本丸跡)の標識があり、そこから石段を上ったところにあります。

岩屋城跡への道

かなり急勾配な石段なので行かれる方は動きやすい服装と靴で向かってくださいね。

高橋紹運の石碑

1586年、九州制圧を目指す島津軍の5万の大軍を相手に当時城主であった高橋紹運と760余名の家臣は岩屋城に篭城し、徹底抗戦しました。島津軍の圧倒的な軍力に城兵は玉砕。高橋紹運は切腹して果てるという凄まじい戦いだったそうです。これには敵の島津軍もその忠義心に涙し、手を合わせたという話が残っています。

高橋紹運の石碑

高橋紹運の子孫が建てた石碑には「嗚呼壮烈岩屋城趾」と刻まれた文字。岩屋城の戦いがどれだけ激しかったのかと、胸にぐっときます。

岩屋城跡の展望所からの眺め

本丸跡からは太宰府・筑紫野を一望でき、遠くは油山まで見えていました。

高橋紹運のお墓への道

再び四王寺林道へ戻り 、道の反対側の石段を下りると、高橋紹運と家臣のお墓があります。(私有地のためお墓参り以外の目的での立ち入りは禁止されています。)歴史好きな方はぜひ岩屋城跡を訪れてみてください。

岩屋城跡はこちら↓

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