【筑紫野市】山家をぶらっと散歩♪「山家宿郡屋跡」は江戸時代の名残をとどめる筑紫野市の指定文化財

福岡県

山家宿群屋跡

江戸時代、筑紫野市の山家は長崎街道・日田街道、薩摩街道が交差する交通の要所で、九州各藩の諸大名をはじめ、幕府の長崎奉行や日田郡代など役人が頻繁に通過し、宿場として栄えました。

山家宿群屋跡

重要な宿場として、福岡藩により宿場の機能を果たす公的な諸施設が整備され、郡屋といわれる倉庫施設が置かれました。入口の門をくぐると、そこには江戸時代の香りが残る建物が並んでいます。

山家宿群屋跡の穀蔵

こちらは収穫した穀物をネズミや湿気、火災などから守るために、母屋とは別に建てられた穀倉。

山家宿群屋跡の灰屋

穀倉の奥にあったのは灰屋と呼ばれる堆肥小屋。

山家宿群屋跡の灰屋

古い農作業の道具や瓶が並べられていました。

山家宿群屋跡にある土蔵

その左側には土蔵があります。

山家宿群屋跡にある土蔵

土蔵の説明板によると、参勤交代の際に大名たちの旅支度品や街道の補修用具を収納していた建物だと伝えられているとのこと。この大きさの土蔵は現存する中でも大型で、国内でもとても珍しいものだそうです。

山家宿郡屋跡の井戸

古い井戸も残っていて、さほど広くない場所にこれだけ多くの建物が今も残っていることに驚かされました。

山家宿郡屋跡へ入る目印

山家宿郡屋跡は国道200号線の山家郵便局近くにあり「AsahiKASEI」と書かれた看板から入るとすぐ右手にあります。山家には山家宿があった頃の史跡が多く残っていますので、歴史ロマンを感じに遊びに行ってみてください。

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