【太宰府市】霊峰・宝満山に残る最澄の足跡を巡る「竈門山寺跡」と「妙香庵」

宝満山は古くから「神が降り立つ山」として信仰の対象とされてきた霊峰です。遣唐使の航海安全や雨乞いなどが祈願され、修験道の修行の地でもありました。

平安時代初期の日本の僧侶で、日本における天台宗の開祖である「最澄(傳教大師)」は、遣唐使として唐に渡る前後の安全祈願や帰国後の布教の拠点として太宰府を訪れていました。竈門神社近くにはその足跡が残っています。

竈門神社の2つ目の鳥居をくぐると右側に「竈門山寺跡(かまどさんじあと)」とされる礎石群があります。これは最澄が遣唐使として唐に向かう前に航海の安全を祈り薬師仏4体を彫刻・奉納した寺院と関連があるものだと言われています。

礎石と知らずに踏んだり座ったりしていた方もいらっしゃると思います。これ、貴重な史跡だったんです。

竈門神社へお参りに行った際は、気に留めて見てみてくださいね。
竈門山寺跡はこちら↓

竈門神社から少し下ったところには天台宗宝満山妙香庵大師堂があり、こちらには最澄の銅像が建てられています。入口には立派な写経塔が建っていました。

5.8mもある大きな最澄像は圧倒されますね。妙香庵大師堂は竈門神社へ向かう宝満通りから1本奥に入ったところにあります。
妙香庵大師堂はこちら↓

宝満通りにある妙香庵には慈母観世音菩薩像があり、こちらも見事な立像でした。妙香庵も大師堂も竈門神社から徒歩圏内なので、最澄の足跡を辿って足を延ばしてみてください。
妙香庵はこちら↓






